雪、「1979年」、年賀状、阿波民報

 17日(土)は中野市議から議会報告の原稿が届いたので、大方仕上げた。早めに原稿を送ってくれるので助かる。印刷が出来たら、さっそく寒いなか担当地域に配らなければならない。
 18日(日)の朝は雪。子どもたちは喜んだがすぐに消えた。あて名書きをすでに連れ合いが書いていた年賀はがきの文面を作った。今年1年間の我が家の様子をいつも書いている。出す枚数も少し減った。



 19日(月)この日も雪が少し降った。きのこハウスの理事会があり参加した。特に大きな議題はなかった。利用者・職員にボーナスを出すのだが、少ない国の障碍者報酬から算定してだすのだから大変のようだ。
 昨日・今日と連れ合いは、友人2人と有馬温泉への1泊2日の旅行。さぞかし騒がしく楽しい旅行になるのだろう。
  今日午前中には日中友好協会の中国語会話講座があった。宿題(4題)があったので、先生が8人の作文を添削すると時間がいっぱいになってしまい、第3課「あなたの携帯電話の番号を教えてください」は来年に持ち越しになった。徳大で学んでいる学生なのだが、バイトもしながらきちんと私たちが作った文章を直してくれる。熱心だ。また、宿題が出た。間違いだらけの私たちの文を添削するのは我慢強さも必要だろう。コロナの影響で故郷(山西省)には帰らないようだ。
 友人が送ってくれた随筆「1979年 僕たちの『普通の移住』」をようやく読み終えた。字が小さくて(9ポイント、10ポイントでしかもA5版 100ページ)読んでいて楽しかったのだが、目が疲れた。おそらく12万字ぐらいあるのではないか。彼の社会に対する自律性・独立性がよく分かった。とにかく、現代社会では貴重な存在である。
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富士茂子遺歌集(埋み火 1984.4 柏原千恵子編)
他郷
〇重き荷を手に手にわけて持ちくれし師を小走りに追いてゆく旅
〇この場なら誰とて一歩退けぬ報道陣のたむろす中
〇我を迎う車を彼等探し得ず雨に煙りし窓を拭いぬ
〇温かき支援花火の上がるだに消されともなき目くらみのして
〇あるだけの力しぼりて耐えて来し夏の終りの真近き疲れ
〇抱くほどに土産を持ちて遠路来し人にも未だ逢えぬ立場か
〇持ちよりて衣料送ると受話器にはかわるがわるの声が泣きいる
〇十年の疎遠が親を必要とせぬ成長を喜ぶべきか
〇拒むにはさらさらあらず受話器の子を拒絶したりき他をかえり見て