「第九永遠なり 鳴門初演100年」

 「第九永遠なり 鳴門初演100年」(徳島新聞社)を読んだ。日本で初めてベートーヴェンの第九が演奏されたのは、鳴門市大麻町板東であった。数年前には映画「バルトの楽園」という映画が作られ、全国各地で上映されたので、知っているかたもいるだろう。

 第一次世界大戦で、ドイツ兵が中国の青島で敗戦を迎え、多くのドイツ兵が日本に捕虜としてやってきた。徳島にも1,000人あまりが来た。彼らの職業は多彩で、いろんな技術を持っていた。音楽が好きな兵隊もたくさんいて、楽器を作り楽団を作りながら楽しく厳しい俘虜生活を送った。

 徳島新聞社が日本での第九初演が100年(1918年6月1日 坂東捕虜収容所)になるのを記念して、徳島新聞にその事績を記録した。日本各地、ドイツ各地などを訪れて、ドイツ兵たちの足跡をたどった。新聞ではたまにしか読まなかったが、昨年12月に本になった。

 坂東には多くのドイツ兵に関する記念建造物があり、その中心となるのが「ドイツ館」である。多くの観光者が訪れるが、私が行くのは県外から友人たちが来た時に、たまに案内する程度。

 鳴門で初演された第九は、これだけ世界中に戦争と動乱が発生するなかで、今では平和を願う人達のシンボルにもなっているようだ。

 坂東捕虜収容所の運営、捕虜の扱いについては会津出身の松江豊寿所長(陸軍大佐)が果たした役割が大変大きい。ひげがピンと跳ね上がったカイゼル髭の顔は厳しいが、大変温和で理解がある人物だったようだ。

 本書には「坂東や第九のメッセージもシンプルであっていい。寛容な心、共感力、想像力。それはインターネット社会の到来以来、私たちが見失いつつあるものと不思議なほどに一致する。心をこめて第九を歌っても、そう簡単には世界の平和は訪れない。それでも、諦めることはない。坂東や第九のメッセージを理解する人たちを一人でも増やしていくことが、より良い社会をつくる第一歩になる。愚直であっても、その積み重ねこそが尊いものだと信じたい。」と書かれている。

 安倍さん、他国と争い誹謗するだけでは世界の平和は来ませんよと言いたい。

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 庭のむらさきダイコンソウがきれいに咲いた。

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 今日午後からは高血圧外来受診。夜は肝炎医療項ディネーター研修講座に肝炎の会の近藤事務局長と参加する。

 

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良寛歌集(東洋文庫556 平凡社

89 霞立つ永き春日は色くはし桜の花の空に散りつつ

90 かぐはしき桜の花の空に散る春のゆふべは暮れずもあらなむ

91 山里に桜かざして思ふどち遊ぶ春日はくれずともよし

92 わが宿の軒端の峰を見わたせば霞に散れる山ざくらかな

93 下よりも上の高嶺をながむれば霞のうちにやどるを桜

 

B型肝炎訴訟裁判、熊谷寺、AWAの道ウオーキング

 7日(木)は午前中に連れ合いと家から熊谷寺まで歩いていった。蜂須賀桜がきれいに咲いているということだったが、見事だった。午後は、陽光学院で中国語。

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 昨日(8日)は、大阪地裁のB型肝炎訴訟の傍聴に行った。傍聴者は80名ほど。今回の意見陳述者は65歳の女性。51歳の時に夫(当時51歳)を肝臓ガンで亡くしている、遺族原告。15年前のカルテに「35歳B肝発症(母子感染⇒HBVキャリアー)」と書かれていた。ところが42歳の時に、会社の健康診断で肝臓の数値が高くなっていた。医者からは母子感染と言われていた。当初は定期的に検査を受けていたが仕事が忙しくなり、定期検診にも行けなくなった。ところが2004年4月に体調が悪くなり、いろんな検査をした結果肝臓ガンと宣告された。余命、3ヶ月。そして7月6日に亡くなった。パートなどの仕事と遺族年金で生活をしていたが、母親の介護をするために九州の実家に帰った。2年前の3月に亡夫の姉に電話をすると、亡夫の母親はB型肝炎ウイルスに感染していないことがわかった。そこで大坂弁護団に連絡して裁判をすることになった。後日、義姉もB型肝炎ウイルスに感染していることがわかった。

 彼女は、「長い期間をかけたのち症状を出してくるこの病気に不安を感じながら生活している原告団の方々の想いを一人でも多くの人に理解して頂きたく、また、夫の無念を思って、国に提訴した」と語った。

 裁判の後、大阪弁護士会館で報告集会が行われた。今回の和解者は65名であった。各種活動の報告がされ、私も徳島班の報告を行なった。次回の裁判期日は5月17日。

 今日は、AWAの道ウオーキングがあり、連れ合いと参加した。コースは土柱の湯の駐車場から土柱を回る山道2.9kmであった。子どもも含め200名余が参加し、暖かい道を歩いた。

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84 おほけなく法(のり)の衣を身にまとひすわりてみたり山桜かな

85 ひさかたのあまぎる雪と見るまでに降るは桜の花にぞありける

86 春はまた浮世の外(ほか)や山桜もののあはれは秋にこそあれ

87 桜ばな花のさかりは過ぐれども継ぎて聞かなむ山時鳥

88 あしひきの山の桜はうつろひぬ次ぎて咲きこせ山吹の花

大麻山、中国語、「上海物語」「ゑげれすいろは詩画集」、パソコン購入

  4日(火)は4時半から陽光学院の中国語があった。今日は10時から石井町の交流センターで中国語。
 昨日は、連れ合いに誘われておおよそ1年ぶりに大麻山に登った。3月17日には「やまなみみウォークラリー」(鴨島駅から眉山まで30kmだが、私達は僧都から眉山までの10kmの予定)があるので、その準備。暖かい風が吹いていた。登る途中で5人の男性が登山道の整備をしていた。木を切ったり雑草を払ったり、大変ありがたいことである。あまり無理をしないで分岐の少し先まで行って、戻ってきた。梅などの花が咲いていた。

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  午後は、きょうされん徳島支部の役員会が徳島市内であったので参加した。主な議題は、徳島支部総会(5月11日)、きょうされん四国ブロック学習交流会(6/29~30)、きょうされん40周年映画「星に語りて」の上映、国会請願署名、第42回全国大会(名古屋、10/25~26)などの運営についてであった。課題が目白押しなので、事業所の忙しい運営も抱えて役員の方は大変である。
 今日は10時から文化...協会の中国語が石井町であったので参加した。現在、「中国語会話301」下巻の35課まできている。世話役が熱心なので楽しい。
 帰りにケーズデンキに立ち寄って、注文していたパソコンを購入した。セットアップは肝炎の会の近藤事務局長にお願いしている。
 「上海物語」(丸山昇 中国の都城第5巻 1987年発行 集英社)を読んだ。欧米、ロシア、日本に侵略されていた時代の庶民・知識人の生きることの難しさが伝わってくる内容であった。
 彼の著書で我が家にあるのは、「魯迅 その文学と革命」(平凡社 東洋文庫47)、「魯迅と革命文学」(紀伊国屋新書)、「魯迅」(小峰書店)、「現代中国文学の理論と思想」(日中出版)、「ある中国特派員」(中公新書)。もうずいぶん昔の話だ。
 「ゑげれすいろは詩画集」(川上澄生全集第1巻 中公文庫)を読んだ。こういう本を見ていると気持ちが落ち着く。

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良寛歌集(東洋文庫556 平凡社
79 いのちあらばまたの春べに来ゐて見む眺めも飽かぬ山の桜を
80 いざ子ども山べにゆかむ桜見に明日ともいはば散りもこそせめ
81 さきくてよしほのり坂を超えて来む山の桜の花のさかりに
82 さきくてよ塩法(しほのり)の坂越えて来む木木の梢に花咲く頃は
83 ひさかたののどけき空に酔(え)ひ臥せば夢も妙なり花の木の下

徳島9条の会総会

  昨日(3月3日)は、徳島市のとくぎんトモニプラザで、「第14回総会及び記念講演会」が行われたのであわ9条の会の一員として、Iさん、連れ合いと参加した。会場には各地の9条の会から60名が参加した。
 総会では活動報告、次年度予定、決算・予算が承認された。また、各地で活動している9条の会の報告があった。皆さん、いろいろ工夫して活動していることが理解された。
 私も、あわ9条の会の報告をした。あわ9条の会は、2006年12月に準備会ができ、翌年1月に正式発足した。自治体への働きかけ(阿波市に対して平和都市宣言採択と幟の設置、署名)や阿波市・3支所、図書館、中学校、文化祭、公民館などでの平和写真展の開催などを求めてきた。
 また、マルナカ柿原店前の交差点では、毎月9日に近い日曜日での幟・横断幕を持って9条守れのアピール行動を行ってきたこと(2007年5月から実施)、2ヶ月に1回ニュース「守ろう憲法9条」の発行が2007年3月に始まって88号になったこと、これらができたことの要因は、毎月1回事務局会議を行ってきたことにある、などを報告し...た。

 総会後は「追悼 湯浅良幸先生~かけがえのない命と平和を守るために~」のDVDを観た。湯浅さんは歴史家でもあるが、徳島県平和運動にも大きな役割を果たしてきた。
 その後「『九条の俳句』が勝った!~小さな事でも大きく動かす」と題して岸積さん(元徳島新聞社論説委員長)の講演があった。
 九条俳句「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」が公民館だよりに掲載されなかったことに作者の女性が怒り、裁判に訴えて最高裁判所で勝利判決した経過と意味について話しがされた。
 いろんな方が彼女の行動に賛意を示して支援したことが、行政の姿勢を変えて、市民も含めた公民館運営につながったことは素晴らしい。
 岸さんは、最後に「小さなことでも大きく動かすことが出来る」と力説された。
 我が家の木蓮もだいぶ膨らんできた。他にもいろんな花が咲き始めようとしている。
 写真は、左から徳島の会事務局長上地弁護士、講師の岸積さん、9条俳句、我が家の木蓮

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74 花咲けば待つには久しひさかたの雪ふみわけてわが出でて来し
75 えにしあればまたこの館(たち)につどひける花の紐とくきさらぎの宵
76 小山田の山田の桜見む日にはひと枝(え)をおくれ風のたよりに
77 われはもよ斎(いは)ひて居らむ平けく小山田桜見て帰りませ
78 命あらばまたの春べにたづね来む山の桜をながめがてらに

2月13日、孺子の牛(じゅしのうし)

 2月13日に書いたものが、私の設定が悪かったためか掲示できていないので、再掲する。

魯迅全集第8巻(且介亭雑文・且介亭雑文二集・且介亭雑文末編)をようやく読み終えた。
 この巻で一番印象に残るのは、「深夜に記す」(且介亭雑文末編)である。もう、50年ほど前に岩波書店魯迅選集を読んだのだが、「深夜に記す」には、ドイツの女性版画家ケーテ・コルヴィッツ(1867~1945)について書かれていた。「1931年(中略)雑誌、『北斗』第一期に一枚の木版画があった。一人の母親が、悲しく眼を閉じてその子供をさし出している絵である。それはケーテ・コルヴィッツ教授の連作木版画『戦争』の第一図であり、題は『犠牲』という。中国に最初に紹介された彼女の版画であった。」
 この一文に惹かれて、彼女の岩崎美術社発行の「版画集・愛と怒り」を購入した。我が家の書棚を探し回り、ようやく見つけた。本に納品書が入っていた。1971年7月7日に購入している。980円であった。魯迅がなぜこの一文を書いたのか。是非、読んでほしい。また、全集の月報(1984年11月)が付録としてあるが、第8巻には、映画監督の山田洋次が「阿Qとチャップリンとそして車寅次郎」という一文を寄せている。「大学一年の時、先輩に借りて読んだ”阿Q正伝”の印象の鮮やかさは、例えばチャップリンンの”街の灯”を観たあとの、口も聞けないような感動と共通している。」と書いている。

 

 

胃カメラ、歯科受診

  2月26日は胃カメラをした。毎年1回しているが、今回は問題なことはなかった。これで一安心。
 今日(3月1日)は歯科を受診し歯石などを取ってもらった。比較的きちんと磨けているようだ。3ヶ月に1回行っており、6月に次回の予約を入れた。
 魯迅全集第9巻(675p 集外集、集外集拾遺)は245pまで読み進んだ。「集外集」は今までの巻に収められていない1903年から37年までの詩・文が収録されている。「集外集拾遺」は1903年から36年までの文が収録されている。解説・訳注なども読みながらなので、当時の魯迅の置かれていた状況、考え方が理解される。
 並行して集英社の「中国の都城」の第5巻「上海物語」(丸山昇 1978年発行)を寝ながら読んでいる。1930年代までのことが書かれているので、現在からすると上海の姿は格段の違いである。それでも大変面白い。...
 我が家の白木蓮の蕾がだいぶ膨らんできた。咲くのが待ち遠しい。
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69 風ふかばいかにせむとか鶯の梅のほつえを木伝ひて鳴く
70 まがき越し庭に羽ぶりて鶏(かけ)は鳴くわれ鶯に劣らましやと
71 手を折りてかき数ふればあづさゆみ春は半ばになりにけるかな
72 および折りうち数ふればきさらぎも夢の如くに過ぎにけらしも
73 何ごとも移りのみゆく世の中に花は昔の春にかはらず

肝炎、難病支援ネットワーク、徳大病院、「魯迅を読み解く」(代田智明 東京大学出版会)

  2月23日(土)は午後からとくしま難病支援ネットワーク主催の「難病のつどい」があり、徳島肝炎の会が担当だった。会場はとくしま障害者プラザで、近藤事務局長と相談を担当した。今回来られたのは3名で、障害者年金の受給についてと、B型肝炎訴訟の提訴についてであった。訴訟については大坂弁護団に連絡した。
 24日(日)はとくしま難病支援ネットワークの役員会があったので参加した。主に6月に開かれる総会について協議した。
 25日(月)は徳大病院で肝炎講座があったので参加した。これは徳大病院が年4回ほど行っている。20人余りが話を聞きに来た。今回の話は以下のとおりであった。
「ウイルス性肝炎のお話」 田中貴大医師(消化器内科)...
「ウイルス性肝炎 検査のはなし」 三好雅士検査技師(臨床検査室)
「弁護士によるB型肝炎訴訟の説明」 真鍋直樹弁護士
 私は、患者の立場からB型肝炎訴訟の説明をした。
 真鍋先生はスライドを使って、B型肝炎訴訟の流れなどを話した。
 徳島では、B型肝炎患者がB型肝炎訴訟について問い合わせをすると徳大の肝疾患相談室や県の感染症疾病対策室では大坂弁護団を紹介している。
 講座の後1件相談があったが、残念ながら該当する事案ではなかったようです。

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 魯迅全集第9巻(675p 集外集、集外集拾遺)は195pまで読み進んだ。とにかく、魯迅の生きた時代背景がわからないと理解が難しい。そこで並行して「魯迅を読み解く」(代田智明 東京大学出版会 2006年)を読んだのだが、魯迅の奥行きの深さが実感させられるばかりで難しい。本の帯には「プレモダンからポストモダンへ駆けぬける。激動の近代中国のなか、古さと新しさの間で苦悩する魯迅の生きざまにみえてくるものとは」と書かれている。魯迅の書いた小説「吶喊」「彷徨」「故事新編」のなかから10篇を選び出して魯迅を読み解いている。とても私には魯迅を読み解くことはできないと感じさせられた本であった。

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 頭が痛くなるような本であったので、気晴らしに「魯迅と日本友人」を開いて見た。写真が多いので魯迅がどのように日本と付き合ったかがわかる。NHKBSで「いだてん」が毎日曜日放送されている。そこで重要な役割を果たしている一人が嘉納治五郎である。彼は中国人留学生の受け入れ先である「弘文学院」(日本語を学ぶ)の創設者で、魯迅もあったことがある。魯迅も弘文学院付設の柔道館で柔道を習っている。この時代、「誓約書」が必要だったようで、「此度御門ニ入リ柔道ノ御教授相願候上ハ猥リニ修行中中止仕間敷候事」と書いて提出している。

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良寛歌集(東洋文庫556 平凡社
64 鶯はいかに契れる年のはに来居て鳴きつる宿の梅が枝
65 梅が枝に花ふみ散らす鶯の鳴く声きけば春かたまけぬ
66 心あらば尋ねて来ませ鶯の木伝(こづた)ひ散らす梅の花見に
67 霞立つ永き春日に鶯の鳴く声きけば心は和(ナ)ぎぬ
68 梅の花散らば惜しけむ鶯の声のかぎりはこの園に鳴け