守大助の会でマスコミ訪問、あわ9条の会、「流言・投書の太平洋戦争」(川島高峰・講談社学術文庫)、中国語

 11日(火)の朝は、マルナカ柿原店前の交差点であわ9条の会の宣伝行動を行った。参加者は6名で比較的暖かく宣伝しやすかった。赤い車に乗った若者も、窓から手を振って応援してくれた。12日(水)の夜は、我が家であわ9条の会の事務局会議があり、各人が参加した会議やニュースの発行などについて話し合った。3月初にはニュースを発行する予定。

 12日(水)の午後からは、29日に開かれる「守大助の会の総会」の周知のため、総会のチラシをもって役員の湊さんとマスコミ訪問をした。訪問したのは徳島新聞四国放送・NHK・朝日新聞毎日新聞・読売新聞(訪問順)。対応してくれた職員の皆さん、守大助のこと袴田事件のこと、よく知っている人もあれば全く知らないような人もいて、興味深かった。今日(15日)は午後から守大助さんを支援する徳島の会の、徳島駅前宣伝と事務局会議がある。

 記念講演は、誰でも無料で参加できるので、多くの方にご参加を願いたい。

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 「流言・投書の太平洋戦争」(川島高峰講談社学術文庫)を読んだ。

 本のカバーの裏には、以下のように書かれていた。

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 特高などの当時の国民弾圧組織が、どのようなことに注意を払って情報収集をしていたか、理解される本で、今でも同じようなことがひそかに行われていることに注意しなければならないと感じた。「序」で「民衆にとっての戦争」の項があるが、そこに書かれたことが、著者(1963年生まれ)の太平洋戦争への認識の出発点である。「戦争をめぐり単に『侵略か、聖戦か?』を問い、その争点に決着をつけたところで(当然、侵略戦争であったが)、一体それで、あの戦争の何を理解したことになるだろうか?そんな単純化された結論で、一体、戦争の何を、そして、人間の何を理解したと言えるのだろうか?という問いである。」

 一般庶民の声と同時に、当時の作家、高見順伊藤整・一色次郎・清沢烈・永井荷風などの日記が登場する。

 特高月報1944年3月号には、23歳の青年が高唱していた歌も登場する。当然、彼は逮捕された。

   汽車や電車に身を乗せて

   着いた処が茨城の霞ケ浦の航空廠

   海山遠く離れ来て面会人は更になし

   いやじゃありませんか徴用工

 今、国会では隠ぺい・虚偽発言が流行しているが、戦争中の政府・軍の報道は、隠ぺい報道・虚偽報道ばかりであった。

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 中国語を、国際友好協会(石井町)で奇数週の水曜日と、陽光学院で毎週木曜日に学んでいる。水曜日の参加者のレベルはまちまちであるが、今は「中国文化エッセイ」(郁文堂)をテキストにしている。

 木曜日は参加者3人でレベルは一緒である。最近先生は、中国語検定HSK5級を受ける私ともう一人のために、5級の模擬テストをテキストにしている。リスニングが苦手な私にとっては、いい勉強になる。一昨日のリスニングは6題中2問しか正解しなかった。5級程度の語学力は、60%以上の得点でないと認められないとのことだ、道はるかに遠しである。

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良寛歌集(東洋文庫556 平凡社

476 わが宿のまがきに植ゑし蔦かづら今日このごろは紅葉しぬらし

477 秋山は色づきぬらしこの頃の朝けの風のさむくなりせば

478 秋もやや衣手寒くなりにけり山の木の葉は色づきぬらむ

479 けさの朝わが疾(と)くゆけばへびづかのおすはの森は色づきにけり

480 たまほこの道ゆきぶりの初もみぢ手折りかざして家づとにせむ