きのこハウス理事会、徳島県肝炎対策協議会、「強制連行中国人 殉難労働者慰霊碑」(日本僑報社)

  27日(火)はきのこハウスの理事会があり、参加した。来年度の体制・予算、どれをとっても小さい事業所にとっては大変なことと実感させられた。しかし、利用者さんが安心して通所できるように、役職員が協力して困難を乗り切ることが大事だとも認識させられた。

 昨日(29日)は午後7時から、徳島県肝炎対策協議会があり傍聴してきた。委員の多くが医師なので、日程調整が大変なようだ。遠い大阪から中島・真鍋両弁護士も来ていた。今回の議事は、今年度の肝炎対策事業の実施状況等について、委員の改選について、予算執行についての報告などであった。下の表に見られるように、徳島県の肝炎死亡者の割合は、相変わらず高い。検診の積極的な奨励と専門医の適切な配置が求められている。 f:id:tetuo0208:20200130105423j:plain

 検診の充実、広報などについても委員から積極的な意見が出された。傍聴している中島弁護士、私にも発言が求められた。私は、肝がん・重度肝硬変患者に対する国の助成制度の利用者範囲が厳しくて、実態に合わないので、国にその改善を求めて欲しいと発言した。来年度の委員の1人として、近藤宏さんが患者会を代表して、引き続き選任された。

f:id:tetuo0208:20200130110232j:plain

 「強制連行中国人 殉難労働者慰霊碑」(日本僑報社)を読んだ。これは、2016年5月に発行されている。全国各地にある、15年戦争中に中国から強制的に連行され、命を落とした犠牲者を慰霊するものである。「はじめに」では、「日本政府は1942年11月、国内で深刻化する労働不足を解決するため、『華人労務者内地移入ニ関スル件』を閣議決定した。1946年に外務省でまとめられた『華人労務者就労事情調査報告書』によると1942年から敗戦までに、38,935人の民間人と捕虜を中国から強制連行した。基本的人権もないままに苦役に従事させられ、非人道的な虐待と迫害を受け、劣悪な環境、重度の栄養不良や業務上の事故、病気などで6,830人の尊い命が犠牲になった。」と書かれている。わずか3年で、連行された17.5%の方が亡くなっている(殺された)。日本の炭鉱や港湾で強制使役されたのは中国人だけではない。朝鮮人、米軍などの捕虜も多く存在した。

 慰霊碑は全国24都道府県、約40基が建立されているとして、その一つ一つについて慰霊碑概要が紹介されている。その内容とは、①名称 ②建立年 ③所在地 ④慰霊碑維持管理 ⑤慰霊祭主催 ⑥慰霊祭開催時期

 安倍首相のおひざ元の山口県下関市にも慰霊碑がある。日中平和記念慰霊の碑として1985年につくられている。73名が祀られている。

 我家には、強制連行に関した本が3冊あった。「中国人強制連行」(杉原達 2002年5月 岩波新書)、「穴にかくれて14年 中国人俘虜劉連仁の記録」(欧陽文彬 1959年2月 新読書社)、「花岡ものがたり」(新居広治、滝平二郎、牧大介 1981年10月 無明舎)。劉連仁の碑は北海道石狩郡当別町にある。「花岡ものがたり」に関する碑は秋田県大館市にある。本書は最初1951年に刊行されている版画集である。

f:id:tetuo0208:20200130115600j:plain

 

f:id:tetuo0208:20200130115633j:plain

f:id:tetuo0208:20200130122134j:plain


●仙台北陵クリニックえん罪事件の守大助さんをご支援ください!

B型肝炎訴訟は全国B型肝炎訴訟弁護団にご相談を!

良寛歌集(東洋文庫556 平凡社

461 飯乞ふとわが来てみれば萩の花みぎりしみみに咲きにけらしも

462 夕風になびくや園の萩が花なほも今宵の月にかざさむ

463 散りぬらば惜しくもあるか萩の花今宵の月にかざして行かむ

464 秋萩の花咲く頃は来て見ませ命またくば共にかざさむ

465 夢ならばさめても見まし萩の花今日のひと日は散らずやあらなむ