中国漢詩紀行④:李白・杜甫・蘇東坡(漢詩のふるさとを訪ねて)

 4日目(4/16)は、ホテルを8時45分に出発して眉山市にある「三蘇祠」(蘇軾と父親の蘇洵、弟の蘇轍を祀っている)に行ってまず付近を散策。その後、腹ごしらえで眉州大文豪酒店で昼食。終わってから近くにある三蘇記念館を見学した。蘇軾(1036年~1102年)たちの事蹟が詳しく紹介されていた。
 見学を終えて記念館を出ると、ここでも小学生が服を着替えて整列している。引率の先生に辻田さんが聞くと、記念館の中で蘇軾の詩を朗詠するという。辻田さんは館員と交渉して無料で再度記念館に入り、彼らの詩を聞くことになった。小学2年生の皆さんであった。ここで日本の愛吟歌たちは蘇軾の「春夜」を吟詠。小学生は「海棠」と「和孔密州五絶 東欄梨花」を朗誦してくれた。蘇軾は書でも有名で、小学生たちは書の準備もしていた。聞くところによるとこの付近の小学校では、春になると各学校が交代で吟詠するとのことであった。ここでも中国の小学生とコラボ。観光客の皆さんどうなるかと、興味津々で聞いていた。

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 可愛い札ですね。彼氏と一緒に合格したいと書いてありました。「福牌」というもののようですね。
 次の目的地の峨眉山に行く間で、蘇祠堂付近の商店街を散策したが買い物をしたいという人に通訳を頼まれた。刺しゅう入りの靴が120元であったが110元に負けてくれた。おかげで少し皆さんを待たせてしまった。済みません。

 3時過ぎに峨眉山に向けて出発した。ホテルの峨眉山大酒店に着いたのは5時過ぎ。このホテルにはいろんな設備が整っている。温泉・国際会議室・ヨガをするところなどなど、一大休養地であった。少し休憩して近くにある「美食村」で夕食になった。

 ここでもハプニングがあった。この日が誕生日だったSさんに記念の大きなケーキが辻田さんから用意されていた。いつもはケーキは食べないのだが少しだけいただき、皆で「ハッピーバースデイ」の歌を歌った。ホテルからは「長寿面」(誕生日を祝って食べるめん類)の差し入れがあった。Sさんご夫婦は大変喜んでくれた。

 5日目(4/17)は、ホテルから峨眉山風景区の専用バスで(貸し切り)で8時20分に出発した。峨眉山は標高3,098mあり山頂近くまでロープウェイで行けるそうだ。4大名山の一つとして(他には五台山、普陀山九華山)、国内・国外からも多くの観光客が来る。私たちの今回の目的地は標高1,900mほどにある万年寺で禅宗の寺である。専用バスで万年寺へのロープウエイ乗り場に行き、8分乗って万年寺に着いた。平日なのに寺内は大変な賑わいであった。峨眉山普賢菩薩を祀ってあり、万年寺にも象に乗った普賢菩薩の像があった。バスの中でも詩吟「峨眉山月の歌」の練習をした。そして寺内でも吟詠。皆さん、詩吟を大変楽しんでいる。

 今回のツアー参加者は私を含め70歳前後人が多かったが、驚くことに90歳を超える女性もいた。比較的急な参道も、私たちに遅れることなく、時には先に歩かれた。「脱帽」。

 万年山見学を終えてふもとの峨眉山大酒店の「美食村」で昼食をとった。昨晩と同じ部屋であったが、壁にはどういうわけか1971年11月発行の新聞・人民日報がたくさん張られていた。文化大革命の生々しい様子が記事になっていた。

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 昼食を終えて12時25分にバスで成都に向け出発した。成都の中心街にある天府広場(どういうわけかここには、文化大革命時代に設置された毛沢東の大きな立像があった。いい加減、毛沢東から自立してほしいと私は思う。)広場を見学していると、変わった民族衣装を着た中年のご夫婦がいた。辻田さんが聞くと「彝(イ)族」という少数民族であった。せっかくなので記念撮影。

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 その後、時間があったので成都博物館を見学した。夕食は、帰国を明日に控えレストラン「陳麻婆豆腐」(1862年創業)でお別れの夕食会。ここでも詩吟が頻出。皆さん、どこでも詠じたいのですね。仕方がないのでわたしも中国語で詩を朗読。しかし、酔っていたので何を朗読したか忘れてしまった。

 最終日(4/17)は午後2時20分発の飛行機まで時間があったので、成都市内にある「望江楼公園」に行った。ここも大きな公園で中国では有名な女流詩人薛濤(せっとう 768年~831年?)にゆかりがある。彼女の記念館が園内にあり、彼女の詩や白楽天などとの交流が紹介されている。薛濤の像を見ると白楽天の「長恨歌」で描写されている「楊貴妃」と同じく、ふっくらした体つきの美人である。また、園内の吟詩楼で杜甫の詩を吟詠していると、聞いていた女性が感動してか、中国語で詩を朗読してくれた。ここでも自然な日中交流。

 

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 この公園は多くの種類の竹が植えられていて、雰囲気がよく落ち着く。しかし残念なことに竹にいたずら書きが。

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 いろいろ楽しいハプニングがあり、満足のいく中国漢詩紀行であった。旅行中買った本は、「薛涛诗」「杜甫草堂」「唐诗漫画6」「彩色连环画珍品画集」「中国人民抗日战争纪念馆」、CDは李白の詩と望江楼。

 旅行中に「真景累ケ淵」(岩波文庫 三遊亭円朝 怪談話)を半分ほど読んだが、昨晩ようやく読み終えた。

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良寛詩集(東洋文庫556 平凡社

158 あしひきの山田の田居に鳴くかはづ声のはるけきこのゆふべかも

159 あしひきの山田の原にかはづ鳴くひとり寝(ぬ)る夜のいねらえなくに

160 春雨の降りしゆふべは小山田に蛙鳴くなり声めづらしも

161 百鳥の鳴くわが里はいつしかも蛙の声となりにけるかな

162 この宮の森の木下(こした)に子供らとあそぶ春日になりにけらしも